これはオレが体験した、不思議な話だ。
その日、オレは1人で飲みに行っていた。
気がついたら既に深夜で、移動する足がなくなっていた。
「仕方がない、タクシーを拾うか。」
そう思っていると、丁度通りかかったタクシーがいたので手を挙げて乗り込んだ。
「◯◯までお願いします。」
「…わかりました。」
しばらくは無言で走行していたので良かったのだが、そのうちタクシーの運転手が身の上話を始めた。こうなると厄介だ。
正直全く興味がなかったのだが、車内は2人きり。否が応でも聴かざるを得ない状況になってしまう。
そしてひとしきり話終えたのか、運転手は
「最近どうですか、お客さん。」
と、ついにオレにまで突っ込んだ話を聞いてきた。
オレは「面倒だな…」と思いながらも、つい身の上話をしてしまっていた。
実はその頃、オレは仕事もプライベートも絶不調でかなり滅入っている状態だった。
タクシーに頼んだ行き先も、いわゆる自殺の名所と呼ばれる所。つまりはその日、人生の幕を閉じようと考えていたのだ。
「もう、正直どうしたらいいかわからない…。」
堰を切ったように、オレは泣きながら話をした。こんな客がいたら絶対に引くだろうな…と頭では思いながらも、オレは自分を止められなかった。
しかしその運転手は真剣に、静かに相槌を入れながら話を聞いてくれていた。さらには
「人生には辛いことも多いけど、その分楽しみもある。今は辛抱しなよ、兄ちゃん」
と言って励ましてもくれた。
聞き上手な運転手に全てを打ち明けると、何か妙に気持ちが軽くなった感じがした。
よく、悩み事は見知らぬ人に聞いてもらうと良いと言うが…オレも誰かに心の内を打ち明けたかったのかもしれない。
「お客さん、着きましたよ。」
タクシーが止まった所はオレの自宅前だった。目的地とは違ったが、帰ってこれた事にオレはホッとしていた。
これは運転手に感謝だな…と思って名札を見ると、どこかで見た事のある名前が書いてある。
しかし、どうしても思い出せない…。
「まだこっちに来るのは早いぞ。さぁ降りろ降りろ!」
「えっ…?」
突然降車を促されたオレは、思わずタクシーを降りた。するとタクシーはそのまま走り出し、暗闇に消えるように…ではなく、本当に消えてしまった。
信じられない瞬間だったが、不思議と怖い感情はなかった。
何故ならその時、運転手が誰だったのかに気がついたのだ。
それは亡くなったオレのじいさんだった。
「そういえばタクシーの運転手してたもんな。オレのこと心配になって来てくれたのかな。」
タクシーに乗っている時は、何故かじいさんだと気づけなかったが、降りた瞬間一気に思い出が走馬灯のように蘇った。
じいさんと一緒に風呂で本当に石鹸が眼にしみるのか試したり、部屋を真っ暗にして映画館風にテレビを見たり、親が寝ている深夜にこっそり抜け出して当てもなくドライブに出かけたり…。
じいさんにはとても可愛がってもらった思い出が山ほどある。