昨年の大晦日、私(Y)は夫のRと妹のA美と三人で北関東にあるRの実家に出かけた。 
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夫の実家は、近県では有数の古い歴史を誇るH神社を擁する、山間の町だ。 
私達は、H神社に参拝しながら年を越そうと思った。 
ところが、山道に入ると渋滞が酷く、とても0時前にH神社に到着できそうにない。 
この後、1時頃に夫の実家に着く予定だったので、0時半迄には神社を出たい。 
車中で話した結果、その夜はH神社への参拝を諦め、元旦過ぎに出直すことに決めた。 

車を回して山を降ろうと脇道へ入った時、夫が「そういえば、この先にも神社があるよ。」 
と言い、そこで年を越そうと提案した。 
H神社の流れを汲み、火産霊神(ホムスビノカミ)を祀るその神社(G神社)は地元では知られており、住人の間では、そこで年を越し、大混雑するH神社には、年明けにゆっくり参拝するのが慣例だそうだ。
H神社に行けずに、愚痴を溢していた妹のA美は、その提案に飛びついた。 

私達は、畦道に車を止めてG神社へ向った。 
中規模な神社の割には、参道に地元の人が長い行列を作っていた。 
既に0時も近く、列に並んだら、夫の実家に着くのは何時になるか見当もつかない。 
そんな時、A美が境内の右の外れを指差して、「あの御社がすいているよ。」と言った。 
見れば、参道から少し外れた処にある、細く長い石段の先に、小さな境内社が見える。 
時間もない為、私達はそこへお参りすることにした。



境内社には青白い灯りが燈っていた。 
社の隣には授与所があり、年老いた巫女が、御守を並べて黙って立っている。 
「この社は町の文化財なんだよ。G神社は、戦時中に一度火事で焼け落ちた。
その日も、丁度今日と同じく大晦日で、沢山の参拝客が火に捲かれて亡くなる大惨事だったけれど、この社は火の手を免れて、戦後、この境内社に移設されたんだ。
本殿は、戦後建て直されたものだよ。」
Rが薀蓄を述べた。 

私達は賽銭を投げ、来る年の安寧を祈願した。 
目を瞑り、願をかけていた時、突然、A美が「え、なに、なに!?」と怯えた声を出した。 
私も夫も驚いて目を開けた。
A美は、腰を両手で押え、私達を見て何かを訴えようとした。 
が、すぐに腰から手を離し、今度は、誰かを探す風に周囲を見回した。 
「どうかしたの?」と、夫が尋ねると、A美は不安げな顔で、 
「誰かが私の腰に抱き付いた様な気が。」と言い、次いで、付け加えた。 
「それと、「あそんで」って声が聞こえた。」 
私は、「気のせいでしょ。」とA美に告げたが、薄暗く人気のない社の雰囲気も手伝い、少し怖くなった。
隣では、夫が眉を顰めていた。
「とにかく、帰ろうか。」夫が呟いた。 

参道から年越しを告げる歓声が沸き起こった。 
私達が、その社を去ろうとした際、授与所にいた巫女がポツリと「おまもりを持ってお行き。」と呟いた。
私と夫は、その老婆が俯いて、目を閉じたまま語りかける姿が気味悪く、また、御守自体も、剥き出しの木に紋様が刻まれた得体の知れない代物である為、受け取らなかった。
ところが、A美は一つ貰ってきた。
代金はかからなかった。 


帰りの車の中、A美が、腰が痛いと頻りに訴えるので、私は彼女の腰をさすってあげた。 
「そんな変な御守どうするの?」と私が訪ねると、 
妹は「なんか怖かったから、厄除けにもらった。」と答えた。 
Rの実家には、予定の午前1時より少し前に着いた。 
義父と義母が私達を出迎え、居間に通してくれた。義父は町役場の古株で、義母は教員。 
二人ともこの町の生まれで、郷土史研究を趣味にしている。 
新年の挨拶を手短に済ませた後、私と妹は客間で寝ることになった。 
寝屋の支度をしていると、A美が、小さな飾り棚に置いてあったお手玉を手に取り、 
「珍しいね。私、やったことがないや。」と言った。私達は、程なく床に就いた。 

その夜更け、私は物音で目を覚ました。 
慌てて部屋の明かりを点けると、隣で寝ていたA美が白目を剥き、口から泡を吹いて痙攣している。
私は驚いて「A美、A美」と何度も妹の名を呼んだ。 
声が聞こえたのか、隣の部屋で寝ていた夫が飛び込んできた。 
気が付けば、妹の発作は治まっており、スヤスヤと寝息を立てている。 
私達は安心し、寝床に戻った。 

明け方、私は再び物音で目が覚めた。
A美が隣にいない。台所から音がする。 
私は、恐る恐る台所を覗いた。
A美が屈んでいた。
冷蔵庫の扉が開いている。 
なにやら、ぐちゃぐちゃと音がしていた。 

見れば、A美は片手に大根を、片手に生肉を持ち、凄まじい形相で貪り喰っている。 
私が、「親戚の家で、なんて真似を!」とA美を叱り、腕を掴んだが、妹は従うどころか、私を振り払い、無言で食事を続けた。
彼女の口の周りは、牛肉の血で染まっていた。 
妹は、存分に食物を喰らった後、すっと立ち上がり、私には目もくれずに脇を通り過ぎて、客間へ戻った。
私は、急いで妹の後を追った。


客間に戻ると、お手玉で遊ぶA美の後姿が目に入った。 
何故か異様に上手で、耳慣れない唄を口ずさみ、五つ一遍に、延々と投げ続けた。 
その顔には不思議な薄ら笑いが浮かんでいる。 
私は気味悪く感じたが、とにかく気にしない事にして、三たび、床に就いた。 
眠りについた私は、しかし、直ぐに誰かに揺り起こされた。 
目を開くと、A美が私の上に覆い被さり、目を大きく剥いて、鼻がくっつく程近くで無表情に私の顔を見つめていた。 
「お話して。あんころもちとか、瓜子姫とか。」彼女が言った。 
私は驚いて、すぐに顔をA美から離して、「あんころ?何?わかんない。」と答えた。 
すると、妹は、突然私の首を両手で締め上げた。
その余りの力の強さに、私は声も出せず、必死に足をばたつかせ抵抗した。
A美は薄ら笑っていた。 

すぐに、隣室のRが、続いて義父と義母が飛び込んできて、三人がかりでA美を取り押さえた。
両手足を封じられたA美は、狂人の如く?いて、義父の腕に齧り付く。 
義父は、すぐに逃れたが、腕には鮮血が迸り、深い口創が刻まれた。 
それでも、三人は何とか、荒れ狂うA美を御し、紐で何重にも柱に括り付けた。 
A美は、大きく目を剥いて私達を睨み、頭を激しく振回して「殺してくれるわ!!」と、大声で喚き続けた。
時折、おぞましい声で泣き叫んだ。 

朝になって、義父がH神社の宮司に電話をかけ、宮司が家に駆けつけた。 
宮司は、暴れる妹の姿を見て苦笑しながら、「あれはどこだね?」と義父に尋ねた。 
義父は、私と夫に、「何か御守の様な物をもらったか?」と訊いた。 
私は、飾り棚の上から例の御守を取ってきて、宮司に渡した。 
「やはり。こりゃ、マモリだ。」
宮司はそう呟き、H神社でA美に処置を施すからと、義母に同行を求め、すのこで妹を簀巻きにして、車に載せて去って行った。 
一行を見送った後、義父が突然、Rを怒鳴りつけた。
「お前が一緒に居たんだろうが!!」 
夫は下を向き、唇を噛んだ。


「あれは、「魔漏」つー物だ。」 
義父は、私にそう告げ、何処で手に入れたか説明を求めた。 
私が、初詣の状況を詳しく伝えると、「やはりG神社なぁ。」
義父は溜息をついた。 
「Rには、幼少からこの町の歴史や伝承を教えたんだがなぁ。御霊信仰(ゴリョウシンコウ)は只の言い伝え程度に思ってたか?」
私は、昨晩夫が眉を顰めたことを思い出した。 

義父は淡々と語った。 
「G神社は、本来、御霊信仰から興った。
禍津日神(マガツヒノカミ)を祀ることで災厄を抑え、逆に、邪悪な神力を政に転用するものだ。
それを、戦後の神道指令を契機に、H神社の一神である火産霊神を主に祀り、禍津日神を境内社に祀ることで、事実上、そこに封じ込めた。」 
その時、黙っていた夫が口を開いた。 
「禍津日神を頼んで、あの一角には幽世(カクリヨ)に行けず現世(ウツシヨ)に迷う怨霊が集まる。」 
義父は、深く頷いて、話しを続けた。 
「そう。でも、だから参拝するなつーことではないよ。
あの社で禍津日神に祈りを捧げれば、禍力は鎮まるし、本来、御霊や怨霊の類は境内社の外には出られん。
だが、その目的を理解せずに参拝すると、おかしなことになる。」
義父は暫く私を見つめ、言葉を続けた。 
「授与所が在ったと言ったね。年老いた巫女が魔漏を配っていたと。」 
私は頷いた。
「あの境内社に、授与所なんぞないよ。」
義父は、そう言って苦笑した。 

「あそこで他の神に祈れば、禍津日神が怒り、禍を増長させる結果になる。」 
義父が、諭す様に私に言った。 
「だが、禍霊共が外に出るには媒体が必要だ。
魔漏は、その代表だよ。
その巫女は神霊の権化かも知れん。
若しくは、町の何者か。昔からここに居る者の中には、未だに御霊信仰に傾倒する者も皆無ではない。」

義父は、私に、初詣中にA美に異変があったか訊ねた。 
私は、妹がおかしな声を聞き、何かに怯えていたこと、腰を痛がっていたことを伝えた。 
義父は、「曲霊(マガツヒ)の好き嫌いもあるからなぁ。」と呟いた。 
そして、言った。「A美ちゃんは波長が合ったのかね、霊に気に入られたんだなぁ。 
で、そ奴は、魔漏に入り込み、まんまと境内社の外に出て、A美ちゃんに取り憑いた。」


私が、俄には信じられない様子でいると、義父が優しく言った。 
「A美ちゃんは大丈夫だ。
宮司にしてみりゃ、手馴れたものだよ。
信じようと信じまいと、これからは、神仏の意味を理解してお参りすることが大事だなぁ。」 

妹と義母は、元旦はH神社から帰らず、二日の朝に、家に戻ってきた。 
A美は、H神社から戻った後、何事もなかったかの様に明るく振舞っていた。 
私達は、三箇日をRの実家で過ごし、四日に東京へ戻った。 
別れ際、義母がA美に、「一霊四魂。自分を見失わず、危うきには近づかず、直霊(ナホビ)にて御魂が統治される様、何時もしっかりと自分の心に耳を傾けるんだよ。」と伝えた。 
帰りの車中で、私は、妹に己の奇行を覚えているか訊ねた。 
だが、妹は何も答えなかった。追究しようとする私を、夫が諌めた。 

あれから一年近くが経ち、次の正月が近づいている。 
私は夫と、今年も実家に帰る日程を話し始めた。 
そんな折、私の家に遊びに来たA美が、どういう心境からか、件の一日のことを語った。 

「去年の大晦日、私があの神社で、誰かの声が聞こえたと言ったの覚えてる?
あの夜、私は、誰かの声で目を覚ましたよ。
目を開けると、辺りは真っ暗なのに不思議と良く見えた。 
すると、天井の隅の方から、「あそんで、あそんでよ」と聞こえたから、私は声の主を探したの。
その時、見ちゃった。
天井を這って私に近づいて来たんだよ。
裸なのに真黒な女の子が。焼け爛れた皮膚が、所々、体からずり落ちていて、全身は黒焦げだった。
その子は逆さのまま、首をぐるりと捻って、大きな黄色い目で私を捉えて、嬉しそうに笑ったんだ。 
更に怖かったのは、異常に長い髪の毛が天井から床まで垂れ下がって、その子が髪をずるずる引き摺りながら這い寄ってきたこと。」


「それが、ゆっくり私の真上まで這ってきて、髪の毛が私の顔に被さった。
で、赤い歯を剥きだして笑ったんだ。
そしたら、見る間に、その上半身だけが、ずずずっと天井から伸びて、私の目の前に、女の子が両手を差し出して迫ってきた。」
A美が言った。 

私は、「それから後は覚えている?」と訊ねた。
A美は頷き、続けた。 
「その後は、私は灰色の空間にいたの。
周囲に、丸いものが四つ漂っていた。
少し離れた処にあの子がいて、四つの玉を操る様子で、何か唱えてた。
私は、動くことも、声を出すこともできず、ただ立たされたまま、その光景を見ていた。
四つのうち、赤っぽい一つが極端に大きく膨らんで、激しく乱舞していたよ。
それから、随分時間が経って、私はその空間から引きずり出されたの。
気が付くと、目の前に宮司さんがいた。」 

私が、奇行について訊くと、「自分では覚えていないけど、叔母さんからきいた。」と笑って答えた。
宮司は、その後、A美に滔々と理を説いたそうだ。 
神社のことや神のこと、魂の成り立ち、現世と幽世のこと。 
妹は、話を聞くうちに、段々と恐怖感が薄れていったという。 

話しを終えて、妹は言った。
「今年は、ちゃんと禍津日神を鎮めるために参拝したいな。」 
夫は、私に「A美ちゃんは良く理解しているよ。僕なんかより、余程。」と囁いた。 
私は、俄には信じがたい話に唖然としつつも、参拝には同意した。 
今年の正月も、あの社へ行く。
だが、あの授与所があっても、おまもりは絶対に貰わない。 

そういえば、一つ、私が気になっていることがある。 
A美は、あれ以来、お手玉で遊ぶことが多くなった。 
H神社で処置を受け、家に戻ったあの日、妹は上手にお手玉ができるようになっていた。 
彼女は、時折、私の家の和室でもお手玉をする。 
耳慣れない唄を歌いながら、延々と投げ続ける妹の背中を見ていると、あの夜、客間で遊んでいた、得体の知れないA美の後姿が脳裏をかすめ、不安を覚える。 
夫も少し引っかかる様子で、それを見る度に「気にしない、気にしない。」と、決まって独り言をいった。
私も、深く考えない様に努めている。

     


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